――初めて乗ったオートバイの思い出(会話は当時を踏まえ創作している)
初めて乗ったオートバイ……それは50ccのスクーターだった。
時は僕が高校生だった頃まで遡る。
中学生時代にちょいワルグループの主要人物として幅を利かせ、肩で風を切って歩いていたN先輩という人が居た。彼と僕は同じ部活に所属していて、おまけに家も近所だったので中学を卒業した後も多少の親交があった。
他人に迷惑をかける様な当時のN先輩の身勝手な振舞いは、あり体に言って嫌いだった。しかしぶっきらぼうな中に僅かに覗ける優しさのようなものもあったので僕は心底から嫌いにはなれなかった。
僕は割と遠いところにある片田舎の県立高校へ。N先輩は地元の工業高校に進学したので、めっきり会う事が少なくなってきたのだが……
ある日、N先輩から僕の携帯に電話がかかってきた。
彼が電話をかけてくることは今まで殆どなかったので、なんだろうと不思議に思いながらも電話に出た。
「もしもし」
すると開口一番に彼は
「お前、原付バイクほしい?」
と訊いてきたのだった。
「はあ。原付バイク、ですか」
原付バイク……自転車しか持ってなかった当時16歳の僕には未知の乗り物だった。
バイク……それは男のロマン……どこへでも行けそうな気がする……
欲しい……欲しすぎる。
しかし残念ながら僕は免許を持っていなかった。なので断ることにした。
「欲しいです……けど免許持ってないんで」
「原付の免許なんて滅茶苦茶簡単にとれるぜ」
「そうなんですか?」
そうだったのか、知らなかった。無知は機会の損失につながるということを齢16にして知る。
まあしかしN先輩でもとれるのだから(かなり失礼だが)僕もきちんと対策をすれば一発合格も夢ではないのだろう。突如手の届くところにあるような気がしてきて、僕の心は原付バイクに魅了されてゆく。
逡巡している僕に追い打ちをかけるように、N先輩は矢継ぎ早に提案した。
「よかったら25000円で売るけど。(自賠責、保険などは自分で入って払え)」
……どうやら無料でくれるわけではなかったらしい。そんなに世間は甘くないのだ。
しかし魅力的な提案ではあった。
25000円。ゲーム機位の値段だ。そんな破格値でバイクが手に入る機会なんてそうそう訪れないだろう。
当時の僕は細細とながらも隣町のお菓子工場でアルバイトをしていたので、決して払えないような金額ではなかった。
「まあ、要らないなら売り払っちゃうけど」
売り払う、だと?
悪ガキが乗り潰した原付バイクなんて売っても二束三文にしかならないだろう。それどころか引き取り費用を請求されること請け合いである。
だったら僕と言う後継者に25000円で買い取られた方がバイクにとっても、先輩にとっても、僕にとっても有益なことだ。
僕は先輩に取り置いてもらうことにした。
「待って下さい。暫らくとっといてください」
――試験を受けに行く
このようにして、僕は免許センターに原付免許を取りにいくことにした。
近所のTSUTAYAで原付免許の問題集を買い、前日徹夜して問題を解きまくってから試験に臨んだわけだったが、試験は拍子抜けするほど簡単で驚いた。
記憶があいまいだが、確か電光掲示板に合格者の受験番号だけが表示されるシステムだったと思う。ちなみに自分の得点も教えてもらえる。
満点を叩きだした僕はそのまま実技講習(ちょっと走るだけ)を受け、免許を交付され意気揚々と帰宅した。
後日、N先輩が譲ってくれるという原付を見にいった。
彼が手で押して転がしてきた原付は至ってフツウの形の原付で状態もそれほど悪くなかったのだが、所々にセンスの悪いステッカーが貼り付けられていてゲンナリした。せっかくの原付が台無しだ。
ステッカーは後で即剥がすこととし、譲ってもらうことになった。
車種はZZというらしい。排気量は50cc。ツーサイクルエンジンがどうのこうのと言っていたが当時の僕は全く意味が分からなかった。(今はある程度分かる)とりあえずガソリンとは別に良く分からない謎オイルを定期的に継ぎ足せばいいんだという位の認識だった。
名義変更や保険加入などの煩雑な手続きを経て、晴れて原付は僕の物になった。
――原付バイクとの思い出
原付を手に入れてから、僕の行動範囲は飛躍的に広がった。
アルバイトへ行くのもブックオフにいくのも行きつけのホビーショップに行くのも、格段に楽になった。
あてどもなく原付を走らせる。
ちゃちなエンジンの音とともに、視界の景色は早送りでながれてゆく。隣の町からまた隣の町へ。
知らない街が知っている街になっていく。知らない場所が沢山あるという事を知る。
こんなに楽しい事があるのかと、当時の僕はアクセルを握りながら感じていた。
学校が休みの日は、よく一人で湖を見にいった。原付で行くには丁度いい距離のところに湖があったのだ。
湖畔の自販機で一本100円のカフェオレを買う。もう一本当たるルーレットが回るが、目がそろったことは一度もない。
休日なので湖の周辺を散歩をしている人がちらほらと見受けられるが、日が傾き始めると段々人影が無くなってゆく。ベンチに腰掛けている僕は人の気配の喪失を噛みしめながら、オレンジ色に染まる湖面を眺める。カフェオレに口をつけると、しかし中身はもうない。
帰りは決まって夕暮れ。門限は無かったけれど、夕方には帰ることにしていた。
24時間稼働の物流倉庫や≪ゴウンゴウン≫と間断なく音を立てている工場が屹立する工業団地を抜け、気がつくと日は完全に暮れている。空は片側だけが紺色に染まり、静かに風景の輪郭を溶かしてゆく。
頼りないヘッドライトだけが前方を照らしだす。住宅街を通ると、他人の家の夕飯の匂いが漂ってきて、少しだけ気分が悪くなる。
巨大なスポーツバッグを背負った部活帰りらしい同い年くらいの学生たちが、談笑しながら帰路についているのが見える。彼らは何の話をしているのか――僕はちらりと横目で見るが、すぐに興味を失う。
話が逸れてしまったが――こうしてたまに、昔の思い出を細部まで隙間なく想起することにしている。何度も何度も繰り返し同じ思い出を想起させることで、どうにか色あせることなく色彩は保たれている。
――あの原付は今何処に行ったか
譲ってもらった原付は、今はもうない。
進学しようと決めた高校三年生の夏ごろに、友人に売却した。やるべきこと、考え事が増え、乗る機会がめっきり減ってしまったからだ。
ちなみに譲った時の価格は3万円だった。買った時は25000円だったのに。
ZZは僕を楽しませてくれたばかりか、置き土産として5000円の差額を生み出して、友人のもとへ旅立っていった。ほんの少しさびしい気もした。
ちなみにその3万円は参考書やアニメグッズを買ったら一瞬で無くなった。
オートバイの楽しさを教えてくれたZZには思い出深いものがある。開発したスズキに感謝したい。
ちなみに今乗っているのもスズキの400ccである。