ガケノフチ・ノート

ADHD・ASDな俺が、ボケ防止のために始めた大変有意義な雑記ブログです。

将来の夢を訊かれた時の思い出

 

 

高校生だった頃、担任の教師から夢ややりたい事はないのかと何度も問われたことがある。

その文句は主に説教の入り口として使われていた。

みなぎる10代の癖に歳不相応に覇気がない僕を、教師としてなんとかして奮い立たせようと躍起になっていた部分もあったのだろう。

 

僕は毎回「ありません」と答えていた。けれど正確にはありませんではなく、分かりません、という方が意味合い的に正しかったと思う。

 

 

夢。寝ている時に見る幻も、なにかを強く渇望するのも夢という。

 

二つのうち、僕は前者の意味しか理解していなかった。

 

 

常に白昼夢の中にいるような薄らぼんやりとした現実感で、まるでゲームのキャラを操作するかのようにどこか他人事で生活していた。

だから当然、明確な夢など抱いていなかった。

 

 

 

ただ、覇気のない少年だったといっても、何もせず無為に過ごしていた訳ではなく、今に至るまでアルバイトを含めた仕事や友人との交遊、恋愛、受験、就職活動など、人並み以下かもしれないけれど、一通り体験したつもりだ。

 

それでもやはり全ての事に対して現実感に欠けていた。

何かに真剣に取り組むことが一度もなかったのかと言われれば決してそうではないのだが、物事に対して非常に冷めやすく、何をしていても必ず空虚な気持ちが顔を覗かせた。

そんな有様だったから、ついぞ将来の夢を見つけることが出来ずに学生時代が終わり、適当に流れ着いた職で糊口を凌ぐ生活を送っている。

 

 

――得意だったことでも夢中になれない

 

水彩画と読書感想文が比較的得意だった。

しかしそれらは才能と呼ぶには程遠く、あくまでも得意の範疇に従順に収まっていた。尖った才能が欲しかったと大人になってから少しは思うようになったが、しかし何の才能が欲しいのかは自分でも分からない。

 

過去に得意だったそれらのものでささやかな賞を貰っても、しかし結局夢中にはなれなかったのだから、自分にとっては尖った才能など無用の長物なのだろう。

高校を卒業して以来、彩管をふるうことはなくなったし、読書感想文も書いていない。

 

 

 

そういえば以前、とあるWEB媒体で小説のコンクールが行われていて、金欠とヒマにまかせて執筆し応募してみたことがあった。週間ランキングでは一時的にそこそこ上位に食い込んだが、最終的にはなんの収穫もなかった。そんなに甘いものではないのだろう。

本気で小説家になりたいと日々思いを募らせている沢山の人たちが、こういう公募に応募してくるんだろうなと想像する。

そう云った人たちの夢に対する熱量は僕の与り知るところではないが、目標に向かってひたむきに打ち込んでいるという一点には頭が下がる。

 

 

 

 

そういう訳で、夢の無い僕は今日も日銭を稼ぐ。特に思い入れのない仕事で、とりあえず生きる。

それでいいのか?と自分自身に問うてみる。「それでいいのだ……多分」と応えが返ってくる。

そう。誰にも迷惑かけてないから、それでいいのだ。今後やりたいことが見つかるかもしれないし、見つからないかもしれない。見つかればいいなとは思うが、見つからなくても特に困らないのでノープロブレムなのだ。

 

夢ややりたいことはないのかと問うた担任の姿が蘇る。

もう一度尋ねられたとしたら、しかし今度は「ありません」ではなく、今後見つかるかもしれない夢に期待を込めて、あくまでも前向きに「まだ分かりません」と答えるだろう。