――初めに
ところで、僕はオートバイが好きなのですよ。
オートバイが好き、といっても、改造したり、どこどこのメーカーの何何というバイクが欲しい!とかそういうのじゃなくて、単純に乗るのが好きなだけです。
なので、極端な話、動けばどんなにダサいバイクでも大歓迎なのです。原付バイクも大歓迎!!
バイクに乗り始めたのは高校生の頃なので、もう結構運転歴は長いです。
運転歴に比例して、どんどん遠くへツーリングにいくようになりました。
全国津々浦々行きましたが、そこで、一つ気になった現象があります。
それはですね……『独りで旅行に行くと、なぜかその地元の子供たちにめっちゃ挨拶される現象』です。
そう云う事で、今日は挨拶にまつわる出来事のお話です。
――大学生ガケノフチに襲いかかる現象
その日は日本海に沿ってバイクを走らせていました。ソロツーリングも、折り返しムードとなってきた頃です。
スケジュール管理がどちゃくそ下手糞な僕ですが、この日はぬかりありませんでした。きちんと目的地を設定し、その近辺の民宿を予約しておいたのです。
比較的西側の、日本海に面した、観光地とは言い難いとある街が、この日の僕の目的地でした。
渋滞などに巻きこまれることもなく順調に進んでいた僕は、お昼を少し過ぎたくらいの時間にはもう目的地に到着していました。時間にゆとりを持たせすぎたのです。昔から僕は体内時計がイカレています。
しまったな、と舌打ちしました。民宿のチェックインは、15時からなのです。
連日バイクに乗りっぱなしで果てしなく疲れていた僕は、とりあえずバイクから離れたい一心でした。本当に乗りたくありませんでした。
乗りたくない乗り物……それは、最早ただの荷物です。
せめて、と僕は、民宿に電話し、駐車場にバイクを置かせてもらうようお願いしました。
電話に出た民宿の女将は快く承諾してくださり、なんなら今からチェックインしてもいいと、実に柔軟な対応をしてくれました。
あいさつもそこそこにチェックインした僕は、バイクを置いて散策に出かけました。民宿の、ほとんど目と鼻の先と言ってもいいくらい近い所に、海を見渡せるベストな海岸があることはすでにリサーチ済みでした。
外に出ると……小学生の姿がちらほらと見受けられました。いくつかの塊になって歩いていたので、下校中なのでしょう。時期的に、時間割が短縮されているのかもしれません。いわゆる早帰りです。
特に意識することもなく、僕は小学生の集団とすれ違いました。すると、
「こんにちは!」
小学生が挨拶をしてきたのです。多少驚きましたが、挨拶をされて気分を害する人間はいません。僕も努めて笑顔を作り、同じように返します。
実を言うと、知らない子供に挨拶されるのは今回に限ったことではなく、以前独りで旅行をしたときも度々あったのです。なぜだろう、と少し疑問に思うところはありました。
それにしても、この街の「あいさつ率」は高すぎました。集団で帰宅している小学生だけならまだしも、ヘルメットをかぶって自転車に乗ってるソロ中学生までもが、挨拶をしてくるのです。僕は律義に返していましたが、ふと、脳裏に一つの仮説が組み立てられました。
「これは……けん制か?」
つまり、僕は不審人物かなんかだと思われていて、子供たちは牽制の意味を込めて挨拶をしてくるのではないか……。犯罪心理学かなんかで、犯罪者は先に声をかけられるとひるんでしまう、みたいな説があったことを思い出しました。(真偽のほどは定かではないです)
「絶対にけん制だ!shit!!」
僕はわななきました。確かに、この時僕は、私服が全身黒づくめだったので、銀行強盗みたいに見えたのかもしれません(目だし帽はさすがに被ってないけどね!)
僕のこの猜疑心は、仮に子供たちがただ単に厚意で挨拶をしてきただけなのであれば、なかなかの下衆なものだと思います。子供たちの純粋な心を踏みにじっていますから。
しかし、こうも何回も挨拶されると、拭いきれないのです……!
疑心暗鬼のまま、歩いて1分もかからない海岸へと到着しました。僕と同じように何をするともなしに海を眺めたり、写真を撮ったり、犬の散歩をしている人たちがちらほらと見受けられました。
自販機でコーヒーを買って、ベンチで一服と洒落込みます。
すると程なくして、真横でこんにちは、と聞こえたのです。
超絶ビックリしました。横に、小学校低学年くらいの女の子がいたのです。
ランドセルを背負ってなかったので、家に帰ってからここに遊びに来たのかもしれません。
「……こんにちは」
僕はビビりながら応えました。
向こうから挨拶してきたにも関わらず、なぜか恐る恐るといった色が瞳に見えました。こちらもぎこちない笑顔で返しました。僕の心中はかなり複雑でした。
――あぁ、きっとこの子もけん制球を投げたんだ。挨拶という名のけん制球を……。
けど……けれど!わざわざ座っているところに来てまでけん制することは無いだろッ!?!?それはけん制というよりは最早奇襲!!
こちとら缶コーヒーに舌鼓をうってるただの左巻き系青年!!世界は……世界はなんて残酷なんだ!!
……とか思っていたのですが、彼女はなかなかその場から動かないのです。ただ黙って僕の顔をじっと、穴があかんばかりに見てくるので、若干恐ろしくなりました。霊的な怖ささえ覚えました。耐えかねた僕が、話しかけました。
「一人で遊んでいるの?」
――すると、彼女は無言で、それどころか頷いたり首を横に振ったりすることもせず、いきなり踵を返して走り去っていったのです。
(なんで?!)
状況に理解が追いつきませんでした。うろたえていた僕ですが、一方であるとんでもない可能性が脳裏を駆け巡ったのです。
――ロリコン出ずる国
さて、ここはロリコン大帝国日本です。
ロリコン大帝国は法治国家ですが、そういった性癖によって引き起こされる痛ましい犯罪も少なくはありません。世間の親御さん全体が不審な人物――とりわけ、怪しげな成人男性に対して過敏な反応を見せるのも大いに理解できます。
理解していたのに……僕は迂闊だったのです。
女の子に話しかけてしまったのですから!!
いや、少し待っていただきたい!僕は確かにアニメとかゲームとかフィギュアとかエロ漫画とかそう云った二次元趣味を持ち合わせているけれど、二次元の世界観を現実世界に持ち込まない位の分別はある!!三次元の幼女に食指などのびるはずがない!ちゃんとした異性の人間とだって頑張れば仲良くなれるし、してはいけないことくらいもう成人してんだから分かっている!だから、だからそんな目で見ないでいただきたい!
混乱する頭で、僕は、次の日の新聞の一面を想像しました。
『XX県kk市YY町○○付近で20代くらいの不審な男が少女Aに声をかける事案が発生』
『強姦と殺人の容疑で捜査を進めている』
『捕まえた方には賞金2000万円』
『その場で射殺も可』
(ちょっとやばいかもしんない)
僕は居てもたってもいられなくなり、民宿に駆けこんで引きこもることにしました。今にして思えば心配し過ぎです。そう、俺はこのころからいささか神経症気味なのです。
競歩?と思われるくらいの早歩きで宿へ向かいました。
しかし!!
…えっ!?居るッ!!??居るって!!さっきの女の子!
え!?先回り!?
つうかyo!……ソコyo!!俺が泊まる宿ォ!!!
みたいな感じでヘッドスライディングをかましたかったんですがもちろん辞めました。
その女の子なんですが……外でゴム手袋をつけながらなんかの作業していた女将のもとへ歩いて行きました。凄く親しげに話しています。女の子が女将に対してじゃれついてます。
僕はようやく気がつきました。
あ……民宿オーナーの家族だったのか……
なぜ僕に隠れてついてきたのかは不明ですが、民宿オーナー一族の箱入り娘さんだったようです。
民宿の前でまごまごしている僕の姿に気がついた女将は「どうもおかえりなさい」みたいな感じで愛想よく会釈しました。
僕は賞金首として紙面を飾ることを免れたようです。たいへんホッとしました。
すっかり体力を消耗した僕は、もう夜までは何があっても絶対近所を出歩かないと誓い、民宿の駐車スペースでバイクのチェーンにオイルを塗布していました。
すると、先の女の子が家屋から外へ出てきました。片手に縄跳びを持って近づいてきます。
女の子は口数がとても少なくおとなしい子供でしたが、大人に対する警戒心が薄いように思いました。民宿を営む家族のもとで暮らす彼女は、たくさんのお客さんと関わる機会があるから、きっと慣れているのでしょう。
近づいてきた彼女は、バイクをいじっている僕の目の前で、急に縄跳びを始めました。ちょっと意味が分からなくてあっけにとられましたが、しかし齢7歳くらいにして「あや跳び(クロス跳び?)」ができるなんて……。タダ者ではないと思いましたね。将来は五輪選手です。
「上手だね」などと言ったりすると、嬉しかったのかもっとできるんだよと云わんばかりにさらに跳び続けました。
かれこれ30分くらい、延々と彼女が縄跳びをする姿を眺めていました。
正直、どういう接し方をしたらいいのか分かりませんでした。精神年齢と知能は多分僕と彼女に大差はないと思うんですけど、小さい子に接する機会ってこれまでにあんまりなかったですからね。
そんなわけで、小さい子の相手は得意じゃないんですけど、そこそこ会話することができました。
僕は自分の子供は絶対欲しくないですけど、よその子供ってのは結構可愛いもんだな、と思いました。多分そこには自分の子供であるという【責任】が付きまとわないから素直にかわいいと思えたんだろうなと思います。
女子児童の縄跳びをこんなにも長い時間鑑賞するという出来事は、おそらくこの先の人生において起こり得ないでしょう。こういった、普段なら体験しえないイベントが起こるのも『ソロツーリング旅行』の醍醐味です。
明くる日、僕は早朝に起きて荷物をまとめ、チェックアウトのためにフロントまで赴きました。
バタバタと床を踏み鳴らして女将がやってきました。後ろには、昨日の女の子がいました。
「またここらに遊びに来た際はぜひまたご利用ください」
「はい、また機会がありましたら」
恭しく頭を下げた女将は、続けざまに、女の子になにかを促しました。
僕がなんだろうと首をかしげていると、彼女は遠慮がちに歩み寄ってきて、僕に何かを手渡しました。
……イチゴ味のキャンディ?
しかし、ただのキャンディではありません。
なんとなんと!ペコちゃんが書いてあったのです!
――いや、そうじゃなくて、包装紙に、一枚の小さなメモ紙がホチキスで留められていたのです。
女将によって仕込まれたささやかなもてなしなのでしょう。お客さんが来たらするように言われていたのかもしれません。
彼女の頭を軽く撫でると、僕は宿を辞去しました。
駐車場でバイクに荷物を積みこんだ後、女の子からもらったキャンディを開封しました。イチゴ味の甘いそれを舐めながら、包装紙にくっついていたメモ紙を開いてみました。
そこには、彼女が書いたと思しき、幼さが色濃く表れる文字でこう書かれていました。
『ありがとう ございました』
とっても心があたたまった出来事でしたね。ええ。