――謎の男Hに連れられて
車内で、僕たちが実は高校生だということを告げると、Hは逡巡するような表情をみせました。
さもありなん――日本は法治国家ですから、これ、仮に僕らが『助けてぇ~おじさんに攫われる~』なんて派出所の前で騒いだりしたら、Hは未成年誘拐かなんかで厳しく処罰され、責め苦を味わうことになりますからね。
けれど僕らは好んで来ています。Hに迷惑を――ましてや陥れるような事はしてはいけません。
合意の上だし、夏休みなんで一日、二日帰らなくても親が騒ぐことは絶対にありませんよと説得すると、Hも納得してくれたようで、探検は続行ということになりました。
道中、Hは『お腹すいてるだろう』と気をつかってくれ、腹ごしらえということで某ファミレスに立ち寄って、めっちゃ飯をおごってくれました。これは餌づけだったのか?
まぁ確かに、男子高校生は常に腹が減ってます。――三人分もの飯を涼しげな顔で会計したぞ……大人の経済力すげえ……とその時は心から思いましたね。
――いよいよ件の場所へ
さて――どれくらい車に揺られていたでしょうか。HとBとの雑談が面白すぎて、時間を忘れていましたが、長らく移動していました。
僕らは、埼玉県の秩父市の方まで来ていました。市街地はそこそこ人も居て、店なんかも建ち並んでいましたので、ものさびしい雰囲気はそこまで感じさせないものの、市街地を離れて5分もたてば、またたくまに街灯の乏しい田舎道へと景色がかわってゆくのでありました。
Hの車のヘッドライトは闇をかき分けるように前方を照らします。しかしながら、明るいのは本当に前方だけで、周囲は黒々と塗りつぶされていて、山の僅かな陰影が遠方に覗けるだけなのでありました。
曲がりくねった山道を走り続け、とうとう人家すら見当たらないような、酷くうら寂しい景色になりました。
そんな折、ふと――依然として車内は雑談で盛り上がっていたものの、僕は一方で、ひそかに空恐ろしい、今にして思えば実に馬鹿馬鹿しい妄想に駆られたのです。と云うのは……
『仮にHがとんでもない少年愛者の極悪人で、僕ら二人はHによる筆舌に尽くしがたい辱めを受けた挙句、刃物を突き立てられて、胸からナイフを生やしたまま山中奥深くに遺棄されたとしたらとしたら……こんな人っ子一人いないような場所では、定めし誰も、すぐには僕たちの死体に気がついてくれないだろうな……。』
『というか、僕とBは何を根拠にHが信用に足る人物だと判断したんだろう?一笑に付されても仕方がないような妄想だが、物騒な世の中だし、Hが人畜無害な男だという保証はどこにもない……――このような一目のつかない、サスペンスにでも出てきそうな場所は、少なくとも、今日会ったばかりの見ず知らずの男性と行くべきところではないことくらいは、火を見るよりも明らかじゃないか。僕たちは、警戒心がなさすぎではないか?』
さて、僕はこんな風に考えておりました。
結果からお話すれば、僕の心配はまったくの杞憂で、Hは単にオカルト好きの温厚で博識なおじさまであったわけです。あぁよかった!未成年は真似しないように!知らないおじさんについていく、なんていうのは7つの大罪のうちの一つですからね。聖書にもちゃんと書いてあります。嘘ですけど。
ところで、僕たちの目的地は、一応どんなところかとだけ言及しておきますと、ホラ―ゲーム『SIREN』のモデルにもなった、とある廃集落でした。僕もBも『SIREN』シリーズはプレイ済みだったので、興奮したのを覚えています。
廃集落自体の当時の感想は……昼間にもう一度訪れたい、といったところでした。
確かに暗闇の中の探索は雰囲気もあるし恐怖心も並みではないのですが、正直足元が危ないし暗過ぎて景色が全く分からない!写真を撮りたかったんですが、当時のスマホのカメラなんかじゃほとんど何も写りません。
僕たち三人は懐中電灯とスマホの懐中電灯アプリを駆使して、一通り回りました。
暗闇の中の廃村と聞くと、なにやらオドロオドロしいことが起きそうですが、実際は何かが起こるはずも無く――男三人が繰り広げる、恐怖を紛らわせるための雑談が、しんと静まった山の中に浮きあがるばかりでした。
埼玉県の秩父市にはこの廃集落の他にも、いくつかの同じような廃集落が周囲に点在しています。
事のほかはやく巡り終えた僕たちは、ついでにと、もうひとつの廃村に軽く立ち寄って、再び集合場所のXX駅に戻り、解散するといった流れになりました。
もう一つの廃村も同様に、特筆すべきような事は起こらず、ただ不気味な廃屋が立ち並んでいたりするだけでした。まぁ、実際に何かが起こったら困るんですけど。
個人的には、探検を終えた帰りの車内の中での会話が一番、ある意味興奮しました。
というのも、すっかり打ち解けたH氏は、自身の若かりしころやバブル時代の話、紆余曲折を経て今はフツウのサラリーマンをやっているといったような事を滔々と語って聞かせてくれたのですが……
H氏、前職にクリエイタ―的な仕事をやっていて、当時僕が大好きだった、とあるアニメ・漫画の制作を手掛けたアシスタントスタッフの一人だったのです。驚嘆しました。世間せめえなぁ……なんて思いましたね。
ここでクソキモオタモード発動で饒舌になってしまいそうでしたが、Bの面前、止むなく理性で抑えつけることにしました。
あぁ――このおじさまと作品について語り合いたい。そして願わくは、原画を譲っていただきたい。
なんて所望していたところだったんですが、惜しかったです。
僕たちがXX駅に帰ってきた時は、本当に終電ギリギリの時間でした。
H氏と別れるのは非常に惜しかったのですが、彼には仕事があります。それに、夜も深まってきた時間帯に、高校生二人を連れて都会をウロウロする訳にもいかなかったのでしょう。
H氏が車を発進させると、その紅いテイルランプはみるみる遠ざかってゆき、海上に浮かぶ漁火のように見えたのでありました。
恐らく、もう二度とH氏と会う事はないのでしょう。
僕とBは興奮冷めやらぬままに、ホームに滑り込んできた電車に乗って帰路につきました。
――後日談
この話に特別なオチなどはないのですが――もっとも、ただの体験談なのでフィクションの様なオチがあるはずもないわけで――この記事をうまく締めるのであれば、もう少しだけお話させていただきたいのです。
この出来事から数年後、大学を卒業して就職するも、一年経たずして退職してニートのトップランナーとして君臨している僕がいました。
当時のそのニート期間、暇を持て余していたので、前述した廃村に一人で行ってみたのです。まあツーリングがてらというか、ハイキングがてらというか、そんな感じです。
ちなみに昼間にいきました。
明るい時間帯に行くと、あの頃の記憶とはだいぶ乖離した風景が広がっていました。
昼間だと、一人で足を踏み入れても、恐怖の欠片も感じません。
オドロオドロしい感じなどは微塵もせず、むしろ退廃的な日本の美を感じさせる光景です。
潰れた日本家屋が数件と、小さな神社があるだけですね。
勿論!怪奇現象なんかも起こりませんでした。廃墟、廃村、心霊スポット、いずれも大好きでよく行きますが、実際に何かが起こった事なんて一度もありません。
一通り写真におさめ、僕は廃村を後にしたのですが――。
怪奇現象は何も起こらなかった?
はたしてそれは本当だろうか。
一度冷静になって、よく考えてみてほしい。
無職の成人した男がカメラを片手に廃村を徘徊している――
――それは紛うことなき怪奇現象であり、ホラ―ではないのか?
それを怪奇現象と呼ばずして、一体何と云い現わせばよいのだろう?
そんなことを思った次第でありました。
――ここで廃墟写真コーナー
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